「寝正月に気づいた、テレビの寿命」 ― コタツとババアと、昭和が静かにフェードアウトした正月 ―

Kao/ 1月 5, 2026/ 未分類

寝正月といえば、コタツでゴロゴロ、テレビをつけっぱなし。
おせちは上げ膳・据え膳、チャンネル争いは家族総出。
昭和の三種の神器は「白黒テレビ・洗濯機・電気冷蔵庫」。
とにかくテレビは“家の王様”だった。

大晦日なんて特にそう。
紅白、バラエティ、歌謡祭。
どれを見るかで一家の力関係がはっきりする、年に一度の静かな戦争。
テレビを制する者が、正月を制した。

──それが今年。
ババアの介護で自宅待機、仕方なくテレビをつけたら、
つまらないを通り越して、無味無臭。

情報は薄い、演出は大げさ、
誰も傷つけないように丸め込まれたコメントの山。
毒もユーモアも、ついでに知性も行方不明。
「テレビって、こんなに空っぽだったっけ?」と本気で思った。

電車で新聞を広げる人が消えたように、
テレビもそろそろリビングから姿を消す運命なのかもしれない。
固定電話が静かに消えたみたいに、
不要になったものは、誰にも惜しまれずフェードアウトする。

動画は誰でも作れる時代になったけど、
それは「全員が残れる」という意味じゃない。
これからは間違いなく、選ばれる側と消える側に分かれる。

昭和も、もはや希少種。
語る人間が減れば、記憶も薄れる。
遠い昔の“ちょっと騒がしくて、無駄に元気だった時代”として。

──まあ、それでいいのかもしれない。
時代は進むし、ババアは年を取るし、
テレビは静かに終わっていく。

生き残るのは、面白いものだけ。
それは人間も、メディアも、同じらしい。

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