実家じまいに待った。最後までセンターは母でした ~兄溺愛の果てに残った妹の怒号~

Kao/ 2月 18, 2026/ 未分類

人は死ぬまで変わらない。
いや、むしろ年を取るほど「素」が濃縮される。

うちの母のことです。

兄を溺愛。
就職もコネ。
社会人になってもお小遣い支給。
もうそれ、王子様育成プログラムですか?というレベル。

その王子様、いざ両親の介護問題になると、
見事にフェードアウト。
煙のように消えた。

そしてなぜか妹の私が、東京を離れ、実家に戻り、
在宅で両親フルセット介護。

父を見送り、母ひとり。
気づけば在宅介護5年目。

もう十分やったでしょ。
そろそろ自分の人生を取り戻してもバチ当たらないよね?
そう思って実家じまいを進めようとしたら――

待った。

「ここで暮らしたいの」

出た。
晩年の夢。

娘の人生?
そんなのオプション扱い。

どこまで自分中心。
いや、ブレない自己愛。
一貫性だけはノーベル賞級。

「ふざけるな」と一蹴。

盲目なのは目だけじゃない。
兄への愛も、自分への愛も、最後まで一点集中。

怒鳴ったあと、ふと冷静になる。

ああ、この人は死ぬまでこの人なんだな、と。

人格って、年齢で丸くなるんじゃない。
煮詰まるのよ。
出汁みたいに。

腹は立つ。
でも、どこかで分かっている。

変わらない人に、変われと言うほうが無理。

だから最後に言ってやった。

「死んでから化けて出るなら、順番守りなさいよ」

怒りながらも、
どこかで笑ってる自分がいる。

介護って、修行じゃない。
ブラック企業よりブラックな親子契約。

でもね、
ここまできたら、もう負けない。

母は最後まで母。
私は最後まで娘。

ただし娘は、
黙ってはいない。

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