実家じまいに待った。最後までセンターは母でした ~兄溺愛の果てに残った妹の怒号~
人は死ぬまで変わらない。
いや、むしろ年を取るほど「素」が濃縮される。
うちの母のことです。
兄を溺愛。
就職もコネ。
社会人になってもお小遣い支給。
もうそれ、王子様育成プログラムですか?というレベル。
その王子様、いざ両親の介護問題になると、
見事にフェードアウト。
煙のように消えた。
そしてなぜか妹の私が、東京を離れ、実家に戻り、
在宅で両親フルセット介護。
父を見送り、母ひとり。
気づけば在宅介護5年目。
もう十分やったでしょ。
そろそろ自分の人生を取り戻してもバチ当たらないよね?
そう思って実家じまいを進めようとしたら――
待った。
「ここで暮らしたいの」
出た。
晩年の夢。
娘の人生?
そんなのオプション扱い。
どこまで自分中心。
いや、ブレない自己愛。
一貫性だけはノーベル賞級。
「ふざけるな」と一蹴。
盲目なのは目だけじゃない。
兄への愛も、自分への愛も、最後まで一点集中。
怒鳴ったあと、ふと冷静になる。
ああ、この人は死ぬまでこの人なんだな、と。
人格って、年齢で丸くなるんじゃない。
煮詰まるのよ。
出汁みたいに。
腹は立つ。
でも、どこかで分かっている。
変わらない人に、変われと言うほうが無理。
だから最後に言ってやった。
「死んでから化けて出るなら、順番守りなさいよ」
怒りながらも、
どこかで笑ってる自分がいる。
介護って、修行じゃない。
ブラック企業よりブラックな親子契約。
でもね、
ここまできたら、もう負けない。
母は最後まで母。
私は最後まで娘。
ただし娘は、
黙ってはいない。