ご祝儀相場の総理、決算はこれから ― 祝福は一瞬、評価は本決算。国民が見ているのは“性別”ではなく“中身” ―
選挙が終わり、自民党は大勝。
女性総理誕生という“歴史的瞬間”に、日本中がちょっとした祝賀ムードに包まれた。
ところが、その空気のまま始まった新政権。
当選議員への「商品カタログ祝い」というニュースを聞いた瞬間、私は一瞬だけ思考が止まった。
いや、分かる。
お祝いの気持ちは分かる。
町内会でもやるし、親戚でもやる。
むしろ日本社会は「お祝い文化」で回っている。
でもそれは、生活圏の話だ。
国家のトップが、慣例として祝いを配る。
その光景は、祝賀というより
組織の結束確認セレモニーに見えてしまう。
そしてもっと気になったのは、
それを解説するコメンテーターたちの反応だった。
苦言はほぼなし。
違和感もなし。
「良いことですね」「気配りですね」
その様子を見ていると、
会社にもいる“会議後に必ず部長を褒める人”の姿が重なる。
どんな決定でも
「素晴らしい判断です」と即座に言える人たち。
世の中を渡る技術としては優秀なのだろう。
でも、見ている側は分かってしまう。
評価しているのではなく、同調しているだけだと。
女性総理の誕生は、確かに象徴的だ。
期待もある。
応援したい気持ちもある。
だからこそ思う。
慣例をなぞることが“安定”なら、
慣例を壊すことこそ“覚悟”ではないのか。
安倍政権が外交に大きく舵を切った時、
国内の細部は官房長官に委ねられた。
それが良かった面もあれば、
「見えないところでヒズミもあった」
もし今回も外交重視の政権になるなら、
内政を任せる人物は
慣例に染まっていない人でなければ意味がない。
結局、国民が見ているのは
女性か男性かではなく、
祝うか祝わないかでもなく、
何を変えるのか、何をしたいのか。
ご祝儀相場は一瞬、評価は本決算ででてしまう。