成功の果てに、またインド ~昭和が令和になっても、迷える人間の行き先は変わらない。~

Kao/ 4月 29, 2026/ 未分類

昔の成功には、重みがあった。

昭和の実業家は、失敗し、耐え、傷を負いながらようやく辿り着いた。
成功とは、生き残った結果だった。

ところが今は、若くしてあっという間に成功する人がいる。

早すぎる成功は、ときに人を空っぽにする。

苦労して登っていない山の頂上は、景色が薄い。

だから、ゴールした途端に「次」がなくなる。

そこで出家。

昔は成功した実業家は別荘を買った。
今は悟りを求めてインドへ行く。

贅沢の最終形が無欲とは、なかなか皮肉である。

ただ、もっと面白いのはそこではない。

昭和が令和になっても、
年商1000億の起業家になっても、
人が自分探しをすると、結局インドに行く。

テクノロジーは進化し、稼ぎ方は変わり、成功までの距離は短くなったのに、
魂が迷った時の行き先だけ、昔と変わらない。

結局、人間はあまり進歩していないのかもしれない。

豊かさの果てに空虚を知り、
遠くへ行って自分を探す。

ずいぶん昔から、同じことをしている。

そう思うと、出家した若い実業家たちも、新しい人種ではない。

ただ古典をなぞっているだけだ。

時代は変わっても、
自分探しの行き先がまだインドであることに、
私は妙な安心を覚えた。

人間、そんなに変わっていない。

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