この国はいつから、政治より生活自慢になったのか ― 真冬の選挙で見えた“関心の温度差” ―

Kao/ 1月 31, 2026/ 未分類

衆議院選挙までの期間、まさかの真冬選挙。
雪国の人たちは、投票所までがもう修行だ。
それでも今回は「女性総理誕生」ということで、ご祝儀相場の空気が漂っている。

一方で、日本の行く末を一番背負わされるはずの若者世代は、相変わらず静か。
政治に興味がないというより、
「政治はおじさんがやるもの」
「どうせ変わらない」
と、最初から期待値ゼロなのかもしれない。

私たち昭和のオバちゃん世代は、正直ラクだった。
右肩上がり、景気は爆上がり、日本企業は世界を買い占め、
政治なんて「ダサい話題」だった。
だから無関心でいられた。

でも今は違う。
デフレは続く、少子化は止まらない、安全保障は物騒、
隣国には様子のおかしい独裁国家がゴロゴロ。
それでも若い子たちは、政治演説より
「自分の生活を盛ってる動画」
「承認欲求全開のネエちゃん」
を再生する。

YouTubeを覗いてみると、
応援している政党の街頭演説動画は再生回数ひっそり。
一方、生活自慢・購入品紹介・キラキラ日常は万単位。
――あれ? 国の行方より、今日のネイル?
と、昭和オバちゃんは思ってしまう。

もちろん、政治に夢を見ろとは言わない。
でも「はした金で自分だけ贅沢できればいい」
という発想が、社会全体に蔓延したら、
最後に割を食うのは自分たちだ。

結局今回も、
世界情勢を肌で知らない、
周回遅れのおじさん集団が、
日本のハンドルを握り続けるのだろう。

「世のため人のため」
そんな言葉、もう誰も本気で使っていない。
でもそれを笑って見ているだけの側に回った時点で、
この国はもう、静かに負けているのかもしれない。

――と、ここまで考えて、
また投票所に向かう昭和オバちゃんである。
文句は言うけど、白紙にはしない。
それがせめてもの、抵抗。

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