婚活より終活、ガンジスより実家じまい ~昭和の押し入れを片づけたら、人生の荷物まで軽くなった~
昔、人生に迷った若い女はインドに行った。
失恋したらガンジス。
転職に悩めばガンジス。
自分探しもガンジス。
だいたい全部、ガンジスが引き受けていた。
「自分探し」という言葉も、私は昔からどこか胡散くさいと思っていた。
日本にいては本当の自分は見つからないのか。
なぜ答えが、いつもインドにあるのか。
令和の今、私が勧めたいのはインドではない。
実家じまいである。
親の家を片づけると、人生哲学が押し入れから出てくる。
誰も使わない来客用布団が三組も四組もある。
箱入りの食器。贈答タオル。謎の座布団。
昭和は、客が来る前提で生きていた。
「いつか使う」は、たいてい来ない。
この一言だけで、人生のかなりの部分が説明できる。
断捨離とかミニマリストという言葉には、少し意識高い匂いがして苦手だ。
でも、自分の生活から出た不用品は、生きているうちに処分すべきだと思う。
残された人に、思想ごと片づけさせないために。
浪費上等で生きてきたバブル世代のオバちゃんでさえ、最近思う。
服を一枚増やすより、うまいものを一回食べるほうが満足度も高い。
年を取ると、所有より消化のほうが贅沢になる。
特に独身女性諸君。
婚活より終活。いや、終活ならなおさら、まず物を捨てよう。
部屋に風が通ると、判断まで軽くなる。
家具ひとつない、ガランとした実家を見たとき、私は妙に肩の荷が下りた。
その時わかった。
人生観を変えるのに、聖地はいらない。
ガンジスより、空っぽの和室のほうが人生を教える。