世間では“親孝行な娘”、家では情緒がサーキュレーター ~介護の現場は、美談よりも「さっき薬飲んだでしょ」が9割である~

Kao/ 5月 24, 2026/ 介護

最近、ショート動画で、トヨタ会長のの言葉が流れてきた。
「努力しても報われないことはある。でも経験になる。人生に無駄はない」

深い。
実に深い。

やはり修羅場をくぐった人の言葉には、厚みがある。
三代目の重圧。
公聴会。
世界企業。
胃薬の消費量も常人の3倍くらいだったと思う。

で、その動画を見ながら、私は何をしていたかというと。

親に
「だからさっき薬飲んだって言ったでしょ!!」
と怒鳴っていた。

トヨタと我が家のスケール感の差がすごい。

向こうは世界経済。
こちらは便秘薬。

しかも世間から見ると、私は今どき珍しい“在宅介護をする優しい娘”に映るらしい。

昭和のホームドラマなら、近所のおばさんにこう言われる。
「偉いわねぇ、お母さん幸せねぇ」
いや、現場は全然そんな空気ではない。

毎日イライラ。
毎日自己嫌悪。
毎日、「こんなはずじゃなかった」の小鍋をコトコト煮込んでいる。

「なんでティッシュを冷蔵庫に入れるの」
「それ昨日も聞いた」
「お願いだから夜中3時に起きないで」

という、“生活のバグ修正”を延々と繰り返す作業だった。

しかも終わりが見えない。

投資ならまだいい。
下がっても、「そのうち戻るかも」という希望がある。
でも介護は、基本的に右肩下がりチャートだ。

どれだけ頑張っても、“回復”という陽線が出ない。
だから最近、「これ、老人性うつなのでは?」と思い始めた。
いや、正式診断ではない。
でも、人生の後半になると、心の疲れ方が変わる。

若い頃みたいに、
「つらい!旅行行こ!」では回復しない。

もはや自律神経が在宅勤務していない。
そして恐ろしいのは、介護している人間ほど、
「親を大切にしている立派な人」に見えてしまうことだ。

違う。
実態は、

怒鳴る

落ち込む

優しくする

また怒鳴る

の無限ループである。
完全に情緒がサーキュレーター状態。
それでも世間体だけは「親孝行」。

人間、外から見た姿と、中身の荒野が一致しない。

でも最近、少しだけ思う。
もしかすると、「人生に無駄はない」というのは、
成功して表彰されることではなく、

こんな地味で情けない時間を、どうにか今日もやり過ごした。
その“謎の耐久力”のことなのかもしれない。

できれば、もっと華やかな形で才能を発揮したかったけど。

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