バーゲン会場で、何も買えなかった。 ~財布は無事だった。でも、デパ地下で負けた。~
夏と言えばバーゲン。
昔の私は、この季節になるとワクワクしていた。
「今年は何を買おう。」
「流行は何だろう。」
そんな気持ちでデパートや路面店を何軒も歩き回った。
最近はユニクロやGUばかりなので、たまには”よそ行き”でも見てみようかと、バーゲン中の路面店を2軒はしごした。
店内は20代、30代の女性で大混雑。
40代、50代もちらほら。
昔なら、その熱気だけで財布のひもが緩んでいた。
ところが、店内を何周しても心が動かない。
「似合うかな。」
ではない。
「本当に必要かな。」
まず、その考えが先に出てしまう。
結局、戦利品はゼロ。
手ぶらで店を出た。
少し時間があったので、駅ビルのデパ地下へ寄ってみた。
桃を眺め、とうもろこしを眺め、お総菜を眺める。
気がつけば、洋服売り場より長居していた。
昔、年配の人が、
「歳を取るとスーパーとデパ地下くらいしか楽しくないのよ。」
と言っていた。
その頃は、
「そんなわけないでしょう。」
と思っていた。
……まさか、自分がその世界の住人になるとは。
ブランドバッグを見ても心は動かない。
しかし、旬の桃は気になる。
限定ワンピースには手が伸びない。
しかし、「北海道産」という文字には吸い寄せられる。
人間の価値観とは、ずいぶん正直だ。
もっとも、ファストファッションにも責任はある。
安くて便利。
ワンシーズン着れば十分。
そんな服に囲まれているうちに、「長く付き合う一着」を探す感覚まで、どこか薄れてしまった気もする。
昭和は、初任給を握りしめて一着のコートを買った。
大切に何年も着た。
今は、袋いっぱい買っても、数年後には何を買ったのか思い出せない。
便利になった代わりに、物語がなくなった。
バーゲン会場を歩きながら、そんなことを考えていた。
それでも、私は悲観していない。
服への興味がなくなったのではない。
“欲しいもの”が変わっただけだ。
最近の私が心を奪われるのは、昭和のオーディオだったり、古い懐中時計だったり、旬の食材だったりする。
若い頃は「流行」を買っていた。
今は「時間」を買っている。
だから今年の夏も、バーゲンでは何も買わなかった。
代わりに、デパ地下で少し贅沢なお総菜を買った。
還暦を過ぎると、バーゲンの戦利品より、夕飯のおかずのほうが満足度は高い。
若い頃は洋服売り場で何時間でも過ごせた。
今はデパ地下のほうが、よほど面白い。
それを「老化」と呼ぶ人もいる。
私は、「見る目が肥えた」と呼ぶことにしている。